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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6189号 判決

原告 有限会社グッパー

右代表者代表取締役 矢野三千男

被告 大阪弁護士会

右代表者会長 佐古田英郎

右訴訟代理人弁護士 石川寛俊

同 川崎全司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外東京住宅資材株式会社(以下、東住という)の支払停止という状態の発生に基づき、昭和五三年二月二八日怒号と罵声ではじまる大混乱に乗じて構成されたと称する東住債権者委員会において、被告所属弁護士A(以下、A弁護士という)は、訴外更正会社永大産業株式会社(以下、永大という)の更正管財人代理として、東住私的整理手続と称するものに関与し、東住債権者委員会代理人と自称する訴外弁護士B(以下B弁護士という)と共謀談合のうえ、原告が、左記物件について東住から売却仲介の専属委任を受けて営業活動していたものをことごとく妨害した。すなわち、

A弁護士は、右物件を含め東住所有の全不動産を、東住債権者委員会の代理人と称するB弁護士からその処分仲介を永大が一任されたと称し、永大をして訴外三菱信託銀行株式会社(以下、三菱信託という)にその売却仲介を委託し、B弁護士が東住債権者委員会の名の下に既に取りあげ占有していた東住代表取締役伊藤欣一の社判、印章を使用させて、左記物件のうち(二)の物件の売却処分を強行し、売却代金を配当と称して一部債権者に分配し、右物件に関する原告の仲介報酬請求権を故意に侵害したほか、左記(三)、(四)物件に関する商事委任事務ないし停止条件付報酬請求権を故意に侵害したものである。

仲介委託物件

(一) 東京都江東区千石二丁目七番一他三筆

宅地 二七五平方メートル五二、及び同地上建物

(二) 右同所二番六三

宅地 一九八平方メートル三四、及び同地上建物

(三) 同所二番七二及び七五

宅地 二四〇平方メートル五七、及び同地上建物

(四) 群馬県前橋市江田町村東五九三番一

宅地 三六二平方メートル七三、及び同地上建物

2(一)  そこで、原告は、A弁護士の所属弁護士会である被告の綱紀委員会に対し、昭和五四年一二月七日付で弁護士法五八条一項に基づき左記事項を理由として、同弁護士に対する懲戒申立をした。

(1) B弁護士と談合のうえ、法人格もなければ人格なき社団にもならない東住債権者委員会の名の下に、東住の不動産を任意処分のうえ回収するとの基本方針を立て、東住私的整理手続と称し、法的手続によらないで、物件の所有者の代理人でもないのに、得手勝手に三菱信託に正式文書で売買斡旋依頼書を書いて仲介処分させた。

(2) 昭和五四年五月三〇日付及び同年六月二五日付の原告からのお尋ね文書に対し、全く何等の回答もない。弁護士倫理にもとる甚だ不誠実な態度である。

(3) 東住ないしは三菱信託の代理人でもないのに、永大管財人代理弁護士として無権代理行為で原告の報酬請求権を否定した。

(二) 被告綱紀委員会から昭和五五年一月二二日付で原告に対し、要旨次の事項に対し書面による回答依頼がなされた。

(1) 昭和五四年懲(異)第三〇号事件における被申立人とは誰か、また、談合の日時、具体的内容、違法行為の内容の詳細について

(2) 昭和五四年一月一一日付江東深川郵便局引受番号四二二号書留郵便物の控の提出。

(3) 買付証明書の写及び仲介依頼委任状があればその写の提出

そこで、原告は、昭和五五年一月二九日付書留郵便により、回答書及び書証甲第一ないし第二二号証を被告綱紀委員会に提出した。

(三) これに対し同年二月一四日付で被告綱紀委員会からA弁護士からの答弁書副本とそれに対する反論書提出依頼が原告に送付されてきた。

(四) そこで、原告は、同年二月一八日付でA弁護士の答弁書に対し、要旨次のとおり反論した。

(1) 東住と永大とは法律的に何ら関係がないにも拘らず、永大管財人室主務伊藤和民に何故に手を引けと電話させたか、それはいかなる法的権限によるものか回答せよ。

(2) 永大の管財人代理にすぎないA弁護士が、売却依頼書を正式文書で三菱信託に書いているが、その売却依頼の法律上の権限を明示せよ。

(3) 東住私的整理手続の法的性質、本件不動産処分の合法性等についての原告の反論に対し、法律及び判例に基づいた法律上の見解を明示せよ。

(4) B弁護士が東住債権者委員会代理人と自称して東住の所有不動産を私的整理手続と称して処分できる法的権限は法理論的にあり得るはずがなく、それは横領行為に等しい違法無法な行為である。本件不動産の売却に伴う担保変換許可申請に際し、A弁護士は裁判所をだましたのではないか。

(5) 私的整理手続と称するものは「我々が経験する一般的慣行」であり、その一般的慣行に従えば「法律を論ずるまでもない」とA弁護士は豪語しているが、被告ないし日本弁護士連合会(以下、日弁連という)で公式に承認されたところの法律を論ずるまでもない倒産会社の私的整理手続の一般的慣行があるのか。

(五) ところが、被告は昭和五五年四月八日付でA弁護士には懲戒事由がないと議決決定し、その旨の議決決定書を原告に郵送してきた。その理由の要旨は、調査結果によるも懲戒請求人申立の事実は認められないというものである。

3  しかしながら、綱紀委員会の審理手続は偏頗で違法無法な審理手続であるとともに、その議決判断内容も違法無法である。

(一) 偏頗で違法無法な審理手続である理由

(1) 原告は、正式な出頭要請を受けたことがない。原告は、審理議決に関与した委員長他の委員に会ったことも話をしたこともない。

(2) 審理手続を非公開で行った。

(3) 書面による回答依頼、反論依頼があったのみで、直接事情聴取を受けたことはない。

(4) 綱紀委員会規則等の提示を受けていない。

(5) 被申立人A弁護士提出の乙第一ないし第一七号証の三までの証拠資料の閲覧を受けたことも、その副本の交付を受けたこともない。昭和五四年度第八号議案調査報告書と題する文書の副本の交付やその提示を受けたこともない。

(6) 申立人原告の最終陳述の機会が与えられていない。

(7) 被申立人A弁護士の一方的陳述だけを聴取したのみで、東住関係者から東住私的整理手続と称されるものの実態を職権で調査しないばかりか、原告の反論書に対する審理判断を放棄無視した。

(8) 何らの予告なしにいきなり議決決定を強行し、議決決定書を原告に書留郵便で送達した。

以上のとおりであり、弁護士法五八条で懲戒申立権を認めながら、申立人原告に対し、被告綱紀委員会は、全く何らの告知、聴問、陳述、攻撃の保障機会を与えることなく、独断と偏見にもとづく議決決定をもって原告の懲戒申立権を奪ったのであって、これは著しく不合理であって憲法の容認しないところであり、弁護士法五八条がかかる手続を認めるものとすれば、憲法三一条違反を免れない。

(二) 議決判断の違法無法の理由

その理由は別紙のとおりである。東住の私的整理手続の名の下に、単に一部の債権者が大混乱に乗じて東住に群がり集まり得手勝手なことをしているにすぎない東住債権者委員会と称するものの名の下に、共謀談合のうえ行った東住の所有不動産売却処分という極めて悪質な無権代理行為というものは当然に「品位を失うべき非行」にあたるものである。

4  弁護士自治に基づく弁護士懲戒制度は、被告や日弁連の自主的判断に基づいて弁護士の綱紀、信用、品位等の保持を図ることを目的とするものであるが、それはあくまでも憲法、法律、判例を奪重し、「開かれた弁護士会」、「ガラス張りの弁護士会」として国民の支持、信頼、付託に応えていることが前提となるのであって、自主的判断は憲法、法律、判例を無視した恣意的判断を許すものではない。綱紀委員会の審理手続、議決判断が悪意に基づかない事実誤認や法令解釈の誤りによるものであれば、弁護士法の制度内で日弁連に対し異議の申出をすれば足り、議決書の送付は不法行為とならない。

しかしながら、本件は右と異なり、被告綱紀委員会の悪意による違法、無法な審理手続と、悪意によるデタラメな事実認定と法令解釈の歪曲にあるのであって、原告の懲戒申立後の公正、適正な行為を侵害するものであり原告に対する不法行為そのものである。

なお、原告は被告綱紀委員会の決定に対し、日弁連に異議申出をしたが棄却決定された(日弁連昭和五五年懲(異)第一四号事件)ので、その取消を求めて東京高等裁判所に提訴したがこれも却下されたので、現在高高裁判所に上告中である。

かくして、被告が綱紀委員会の判断議決書を何らの予告もなしに原告に郵送してきたことは、不法無法な職域拡大を意図する威圧行為であり法律暴力である。このような議決判断は民主法治国家日本における善良な一国民として原告の有する弁護士や弁護士会に対する信頼感を含めた法感情を逆なでするばかりか、法的安定生活を侵害するものであり、それにより原告の受ける精神的打撃苦痛は絶大である。原告が懲戒申立権の適正かつ公正な行使を阻害されたことにより蒙った精神的損害に対する賠償額は三〇〇万円が相当である。

5  よって、原告は被告に対し金三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五六年六月二一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因2の(一)ないし(五)は認める。但し、原告の懲戒申立を被告が受理したのは昭和五四年一二月一六日である(被告綱紀委員会昭和五四年度第八号議案)。

2  請求原因3の(一)の(1)ないし(8)は認める。

3  (被告の主張)

(一) 原告の懲戒申立権は何ら阻害されていない

弁護士法五八条は、何人も弁護士に対する懲戒請求ができるとしているが、これは、弁護士会が懲戒権を行使する前提として、所属弁護士の職務全般にわたる行状について知ることが事実上不可能であることに鑑み、弁護士会の懲戒権の発動を適切且つ活発化させることを期したものであるから、国民からの懲戒申立は弁護士会が有する懲戒権の発動を促す性質のものであって、個々の国民に対し弁護士に対する懲戒権を付与したものではない。従って、同条一項により懲戒の申立があった場合には弁護士会は綱紀委員会にその調査をさせなければならないのは格別、当該弁護士を懲戒すべき義務まで負担するものではない。

本件においては、被告において原告の懲戒請求を受理したのち、綱紀委員会で調査し、その結果に基づき懲戒理由がないとの議決に及び昭和五五年四月八日その旨原告に通知しているのであり、それは原告の懲戒申立権が公正適正に行使された結果によるものである。また、弁護士法は、綱紀手続の細則については、自治団体である各弁護士会の決定に委ねているものであるところ、被告においては右法の精神にのっとり被告会規第七号綱紀調査手続規定を定めている。そして、右規定によれば、委員会の調査及び議事は非公開であり、懲戒請求人に対する求釈明や調査のための関係人の出頭、事情聴取、書類の取調等は、いずれも綱紀委員長又は委員会が必要と認めたときのみ行いうると定めているが、懲戒請求人に対しこれらの権利を保障する旨の規定はない。調査手続は被調査会員たる弁護士に不利益を課す手続であるから被調査会員たる弁護士の権利を不当に侵害することがないよう留意しつつ職権で進められるのであり、懲戒請求人を当事者として扱う三面構造をとることは弁護士法の予想するところでなく被告の採用するところでもない。憲法三一条の適正手続の原則が行政の領域で妥当すべきだとしても、告知、聴問等の手続的保障は、何よりも不利益を受ける者のためにこそ整備すべきであって、いわば訴追者たる懲戒請求人に対し当然保障されうる性質のものではない。本件も、他の懲戒請求事例と同様の手続で適正に議決されており違法不当はない。

(二) 弁護士法五八条は個人の利益保護を図る規定ではない。

弁護士制度並びに弁護士法所定の懲戒制度からすれば、弁護士法五八条、六一条は弁護士の非行による被害者救済のための規定ではなく、もっぱら公益的見地に出たものである。仮に、懲戒請求者が当該弁護士の行為により権利の侵害を受けたと思料する場合は、これを理由に当該弁護士に対し不法行為による損害賠償請求等によりその救済を図るべきであり、個人的利益の救済としては、それで十分である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因2の各事実は当事者間に争いがない。なお、請求原因3の(一)の(1)ないし(8)の事実も当事者間に争いがないが、《証拠省略》によると、被告の会規第七号綱紀調査手続規定によれば、綱紀委員会の調査、議事は非公開とされており(同規定九条)委員長は懲戒請求人に対し求釈明のため必要あるときは出頭を求めたり書面による回答を求めることができ(同規定三条)、委員会は、調査のため必要あるときは、懲戒請求権者、被調査会員その他の関係人の出頭、事情聴取、書類の取調等をなしうる(同規定一二条、一三条)と定めているが、懲戒請求人には右のような権利を保障する規定は存しないことが認められるから、前記(1)ないし(8)の事実が存したとしても本件における被告綱紀委員会の審理(調査)手続が被告の綱紀調査手続規定に違反しているとは認められないし、原告の主張によっても、原告は被告綱紀委員会の求め等に応じ、懲戒請求者に対する釈明に対する回答書やA弁護士の答弁に対する反論書及び書類を同委員会に提出していることは明らかであって、被告綱紀委員会が原告に対し陳述や書類提出等の機会を与えなかったとは認められない。

二  ところで、原告は、弁護士法五八条による懲戒申立権が、被告綱紀委員会の悪意による違法無法な審理手続、事実認定及び法令解釈の歪曲に基づく決議により不法に侵害されたとしてこれによる損害の賠償を求るものである。しかしながら弁護士法五八条の懲戒請求権は、弁護士会又は日弁連の自主的な判断に基づいて、弁護士の綱紀、信用、品位等の保持をはかることを目的とする弁護士懲戒制度の運用の公正を担保するための公益的見地から特に認められたものであって、懲戒請求者個人の利益保護のためのものではない(最判昭和四九年一一月八日、判例時報七六五号参照)。そうすると、仮に懲戒請求に対し、これを受けた弁護士会がこれに対し真摯で、適正公正に対処することを怠り、弁護士会がその有する懲戒権を行使せず、弁護士としての職業的使命の逸脱等を容認するようなことがあれば弁護士懲戒制度の基盤をなす弁護士自治に対する国民の支持を失う危険を有するが(この意味において、弁護士自治に基づく弁護士懲戒制度は弁護士会が国民の支持、信頼と付託に応えていることを前提とするとする原告の主張は正鵠を得ているといえる)、そうだからといって懲戒請求権者が法的保護に値する具体的利益の侵害を受けたものとは解し難いというほかない。なお、懲戒請求者が当該弁護士の行為等により権利を侵害されたような場合には、その救済を求める方法が別途に存することは被告の指摘するとおりである。してみると、原告の請求はその余につき判断するまでもなく理由がない。

三  よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宗宮英俊)

〈以下省略〉

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